ストレッチ的な開脚ではなく、身体の構造から割り出された「型」としての「本当の股割り」を指導するMATAWARI JAPAN代表の中村考宏氏。氏が改めて提唱しているのが、身体を支える大元ともいえる「足指」の有効活用だ。身体運動の本質である「重心移動」に大きくかかわる、その重要性を改めて認識する。
愛知県にある「えにし治療院」院長、中村考宏先生の名前を知っている人も多いだろう。これまで数々の著書を出版し本書でも([秘伝])「構造動作トレーニング・股割りの秘密」を紹介、また講演も多数行っている、今、最もホットな治療士である。その治療法は外観の姿勢だけでなく、動作の誤解を生む潜在意識を改革することで、内面の姿勢にも変化を及ぼす「構造動作理論」に基づくものだ。
「武道でもスポーツでもあるいは機能回復のリハビリテーションにしても“運動”ということをするわけです。その運動を、筋肉を動かすことだとか、関節を動かすことだという人もいますが、実は“重心が移動すること”こそが運動なのです。ですから、リハビリやエクササイズとは、”運動をよりスムーズに移動させる“ことが出来るようにするために行うものなのです。構造動作理論とは、そのために必要なポジションを築いていくことを目的としています。たとえば自動車でも、シャシーが崩れて片方のタイヤにグシャッと乗った状態で動かそうとしても動きませんよね。スムーズに動かすには、正常なシャシーに修正しなければならない。何かしらの故障がある場合はもちろん、おそらくほとんどの人が意識するとしないとに拘わらず、それと同じ状態のまま動いていると思うんです。リハビリとは本来、そういう状況を打破するためにするものなのです」
しかし、アスリートや武道家ならいざ知らず、一般人で自分の”重心“を意識している人はそう多くはいないだろう。
「私もそこに気づく前は、リハビリは筋肉をしっかりつけてサポートするものだという考えがあったんですが、言葉の意味を深く考えるようになって変わったんですね。例えば骨格の正確な位置関係。股関節はどこからなのか?と問うても案外、曖昧なままに持論やトレーニングを指導している施術家や運動指導者が少なからず存在します。そんなことは、よくよく解剖学書を読んでみると、1ページ目に書いてあるんですよ。私はそれではまずいと思って、言葉の意味をきちっと考えてトレーニングなりリハビリなりをしようと考えたわけです」
今回は、運動における”重心“に大きく関わる下半身の調整、とりわけ中村先生が提唱される「足の指(趾)の有効活用」を中心にお話を伺った。
安定した”土台“を得るために身体の土台となるのは言うまでもなく足であり、それと胴体をつなぐのが股関節である。股関節が最大限自由に働くことが、すなわち身体をより良く使っているという1つの目安になる。しかし、特に立位において重い胴体を支える股関節はなかなか自由さを発揮できない。重心という観点から見ても、踵に体重を乗せた”後ろ重心“は股関節へモロに体幹の重さが乗るため、動きが著しく制限されるという。中村先生は「股関節がよりフリーになるのが”前重心“」であり、その1つの目安になるのが”足指“であると語る。
「現代人には、踵の上に体重をかけているために足の指が浮いてしまっている人が多い。この”浮き指“を解消するために、まずは足指5本の指先のすべてが接地することで、踵は地面に触れるか触れないかという前重心を心掛ける。これによって股関節から体幹の重さが外れ、股関節の動きは自由になります」
ただ、外反母趾などの影響からか、足の指といえどもまっすぐ伸びている状態が良いというイメージを持つ人がいるが「無理に足指を伸ばした状態になってしまう」と中村氏は指摘する。
「足の指は、親指を除く四本の指が踵の内側から通って脛の裏側に達する長趾屈筋につながっています。つまり、趾はふくらはぎの奥にある筋肉にまでつながっていて、膝の動きにも影響しています。膝が伸びてしまうと動きが固まり、力が出ません。物を持ち上げる時に膝を伸展させて持ち上げる人はいませんよね。必ず関節に遊びを持たせて持つ。筋肉は収縮して始めて力を発揮するわけですが、伸ばした状態の筋肉を収縮させるには制限がかかるので、上手く力を発揮できないんですよ。これは大きな筋肉も末端の筋肉も変わりありません。膝が伸びて後ろ重心となれば、脚の指先が浮くことで、指先の一番感覚のいいところが遊んだ状態になってしまう。これもよくない要因の一つですね」
ところが、足の指先を地面に付けることを意識するあまり、逆に指先だけに力がかかり過ぎて、指先が第一関節で逆に反り、ヘビの頭のように指先が潰れた形になることがある。
「これは”マムシ指”と呼ばれますが、この状態では前に動くとつんのめってしまいがちで、実質的には居着いているのと変わりありません。武術などでも「足の指で地面を掴むように」という教えがあるようですが、中にはこのような状態になってしまっている人も見受けられます。先ほども言いましたが常に関節には”遊び“を持たせておくことが大切です」
そこで中村先生が提唱するのが「ソフト・フラット接地」だ。基本は先にも述べたように、趾の頭(指先の腹)をすべて接地させること。特に、小指と床との間にはがきや封筒などをあてがい、滑り込んでしまわないかチェックして見るとよいという。
この「指先の腹を接地する」ことは足の自然なアーチを持つことでもある。足には親指側のアーチ(いわゆる土踏まず部分)小指側のアーチMP関節(趾のつけ根の関節)を横断するアーチ、中足から足根(踵)へかけて(足の甲)横断するアーチの4つがある。これを保つことで衝撃を緩和すると共に、動く際のバネとしても役立つと中村先生は解説する。
「フラット接地はこれらのアーチを正常に機能させる働きもあります。そこで問題となるのが親指の付け根、いわゆる拇趾球です」
前重心であっても、多くのスポーツや武術などで「拇趾球に体重をのせる」ことを推奨するが“動くことを前提とした場合”そこには問題があると中村先生は主張する。
「拇趾球に加重すると大腿四頭筋が働きます。この筋肉は確かに大きな力を出すのですが、一方で股関節の動きを止める働きも発揮してしまうのです。つまり、親指側へ加重をかけることは、動きを止めるブレーキを押しながら動こうとするのと変わりありません。また、最大のアーチである土踏まずを崩してしまいます。 親指とは逆に、アクセルの役割を担うのが小指側です。小指でカラダを支えることによって、小指の趾骨、足の甲の第5及び第4中足骨、立方骨、踵骨とスムーズにつながり、ブレーキをかけずに動きを加速させることが出来ます」
アクセル指たる小指への加重を心がけることによって足のアーチは保たれ、余計な筋出力を促すこともなくなる。
「足指は、小指、薬指の2本と他の3本とに分けることができるのですが、立方骨を挟んで踵につながる指は小指と薬指なんですね。親指側はアーチ構造を作る土踏まず(舟状骨)によって浮いているので、実質的に身体を支えるのは踵骨、立方骨と小指、薬指なんです。このように小指、薬指が非常に大事なんですが、特に親指に頼る習慣の人は小指側の感覚がぜんぜんないんですよ。そこでまず土台をしっかり作るわけです」
また、健康面からも土踏まずには重要な役割がある。
「心臓からつながる腹部大動脈や腹部大静脈は、血流を末端の方まで送り、また心臓へ戻している。私たちはそれで生きているんですが、末端の方の足底動脈や静脈が土踏まずに集中しているんです。アーチがない状況というのは、末端で血管を圧迫していることになり、健康面でいったら害にしかならないんです」
身体の土台でもある足が危うい状況で生活を続けていけば、さまざまな問題が出てくるのは当たり前だ。とはいえ、もちろんブレーキ指としての親指に意味がないわけではなく、要はそれぞれの特性をわきまえて、足指から足全体、足首、ふくらはぎ、そして股関節に至るまでの連動性を高めることが、より合理的な“動き”を実現することにつながる。そのためにも、趾一本一本を意識づけ、活性化することが大きな意味を持つと中村先生は提唱しているのだ。
ソフト・フラット接地を実践することで、接地した時に足が非常に軽く感じられるという。これにより前重心の体を手に入れ、よりスムーズに動き出す基礎が養われるわけだが、その感覚を習得するためのワークとして特に「ゆっくり走る」訓練を中村先生は提唱している。
「これは、より合理的に無理なく”歩く“こと、すなわち”前重心を保ったまま動ける身体の使い方“を身に付ける基礎トレーニングとして最適と自負するものです。”歩く“というと多くの人は『脚力で身体を前に押し出したり、ひきだしたりしている』と思いがちですが、最も合理的な歩き方とは、まず胴体から先に出て、後から足がついていくことで胴体を支えるという構造なんですね。後重心の人は胴体が先にいかないので、足から出して、後から重心を押し出すので、踵から接地するような歩き方となりがちです。あくまで重心移動を最初に働かせることで、胴体が先に出て、足がそれを支える構造となれば、足裏がフラットに接地する感覚も掴めるようになってきます」
これ得るために、まずは「ゆっくり走る」。ここでいう”走る”というのは一瞬身体が宙に浮く瞬間があるということ。この浮く瞬間に、移動する重心がリセットされ、足裏全体のフラットな接地を促すことが出来る。すると、だんだん身体から余計な力が抜けていき、全身が緩んだ理想的な脱力状態をえられるようになるという。
「その状態になったら、走るのを止めて歩いてみる。すると足がなくなったような感じで、自然にスーッと行けるようになるんですね。走りの中で自分のローギア、一番ゆっくりの走りを探るんです。宙に浮く時に足の指で地面を蹴り出していると、自分のローギアの感覚が分からない。ですから、きちんと足裏をフラットな状態で接地して、最初はそれをたしかめながらゆっくり走る。ゆっくりやるからこそ、色々と気を付けることができるんですね。ローギアを見つけて、それを身体に刻み込んでいくんです。足裏がフラットに接地していれば圧力が分散します。でも、宙に浮く時に蹴り出すということは足の指の力を使っているので、親指の拇趾球に圧力を感じるはずです。トレーニングの目安としては、まずはこれを30分くらいやりますが、するとどれだけ修正できたかによって個々で緩み具合がずいぶん違って来るんですね。走っているのを見ていると、最初はみんなけっこう力感がありますが、だいたい20〜25分で緩んでくる感じですね」
この緩みの表れは疲労によって力が入らなくなる状態とは明らかに違い、「あくまでもポジションの違いによるものなのです。」と中村先生。ポジションの違いとは、人間の骨格構造に適した姿勢(構造動作)を指す。つまり、ゆっくり走るのは正しい骨格構造を取り戻すトレーニングでもある。
「いわば“骨で支える構造で動く練習”をすることになります。骨で動く構造というのは、筋肉で不自然に補って身体を移動させたりするので、身体を凄くアンバランスに使っているんですね。そういう状態にある人が骨の構造を取り戻して筋肉の機能を取り戻すエクササイズをすると、死体がずいぶんと緩んだ感じになるんです」
ただ、このゆっくり走るエクササイズは、簡単な動作なだけに正しく行っているかが難しく、当然時間もかかる、そこで誰にでもすぐに出来る、簡単エクササイズと呼べるのが「スリッパを履いて歩くことです」と中村先生。
「注意点は歩く際にパタパタと音をさせず、スリッパと指が開かないように歩くことです。これを実現するには、足をフラットにより近い状態にしておく必要があり、つま先を意識して、常にスリッパのつま先を指に引っかけるようにして歩くわけです。この動きは足の甲を上に起こす。足首の”背屈動作“となります(逆に脛と足の甲がまっすぐになるように足裏側に曲げる運動を足首の”底屈動作“という)。重心をスムーズに移動させるには、背屈による足首を曲げる角度が深ければ深いほど、重心をよりスムーズに移動させる事が出来ます。スリッパ歩行はこの背屈する要素が養われるのです」
ソフト・フラット接地により身体が緩み、力を入れずに重心がちゃんと乗るように歩く感覚が養われると、さらに足の指への意識も高まっていく。
「このようなエクササイズを、足の指を意識しながらやることで、小指が接地しているかどうかすらわからなかった人が、わりと短期間で接地する感覚をえられるようになります。そういう感覚自体は、エクササイズを重ねていけば誰にでも得られるでしょう」
自分の身体をもっと効率よく動かしたいと思う人は、是非中村先生にアクセスをとってみてほしい。今までの自分では気づけなかった、有意義な気づきが得られるかもしれない。
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