股割りと聞くと、多くの人はバレリーナや相撲の力士などを思い浮かべるだろう。しかし、今回登場する構造動作トレーニングを主宰、独自の股割り理論を指導する中村考宏氏は「あれはほとんど間違い」と断じる。果たして本当の股割りとはどんなものだろうか?取材を通してみてきた股割りは、最少、最短の「型」とすら呼べる深い身体操作だった。
股割りというとどんなイメージをお持ちだろうか。バレエダンサーが優美に行う姿を思い浮かべる人もいれば、テレビなどで紹介される相撲の稽古風景かもしれない。いずれにしても身体の柔軟さを計るバロメーターという印象であり、“股を開く=身体が柔らかい”という図を思い浮かべるだろう。ところが本稿でご紹介する中村考宏氏は、「バレエや相撲の股割りは身体の柔軟性と関係ありませんよ」と言う。「ほとんどの人は股割りというと“足を開けばいい”と結局筋を伸ばしてしまう。確かにそれを柔らかいということもできるでしょうが、それはゴムが伸びきったルーズな柔らかさで身体を自由に使うという意味での柔軟性とは関係ありません。股割りで大事なのは自分の股関節をしっかり把握して、重心移動で股が割れることなんです。私にいわせれば突っ張る身体を無理して開かせて、ルーズな状態を作り上げるのは股割りではありませんよ」 実際に中村氏の股割りを拝見すると、よく見る股割りとは少し印象が違う。足を開いて上半身が前に倒れるのではなく、身体の深い所から上半身が倒れることで、結果的に股が割れて足が左右にひらいている 「初めてセミナーに来た人に”股関節はどこですか“と聞くと鼠径部を指すんですね。だから股割りというと足を開こうとするんですが、本当の股関節は大腿骨と骨盤の側面にある寛骨が繋がるところなんです。出っ張っている大転子を触って確認してもらえば分かると思いますが、ずっと身体の奥の方なんです。本当の股割りというのは、この股関節から動くことなんです。ここから動くことで全身の可動性や血流がよくなるわけです」 実際に自分の大転子を確認してみると、その位置を以外に感じる人も多いはずだ。ではなぜ中村氏はこの股割りに行きついたのであろうか?そこで前半の今回は中村氏来歴と股割りの基本についてお話を伺ってみた。
「もともと小学校の頃から柔道をやっていて、大学まで出身の愛知県でやっていました。愛知県大会で優勝したことがあります。ただご存知のように柔道は地域で環境を含めたレベルが全然違うんですよ。ですから大学時代には“ああ、これは(全国レベルでは)通用しないな”と分かってしまいました。こういっては何ですが半分は惰性でしたね。段は講道館四段をもらっています」 中村氏が身体運動の世界に興味を持ったのは大学卒業が迫ったころだったという。 「当時はバブルの頃でしたから柔道のキャリアを生かした就職先がずいぶん多かったんですが、なんとなく普通に就職するのも“面白くないな”というのがあったんで、柔道整復師の学校に進みました。これが面白くて。それまで柔道のキャリアで中学、高校、大学と進んできましたから正直“勉強”というものをちゃんとやったことがなかったんですね。だからこの時初めて”勉強“というものに目覚めてしまって。また身体というものが凄く面白かったんです。ですから三年間学校に行って、柔道整復師の資格を取った後も昼間は働きながら東洋医学の勉強に行って鍼灸師の免許もとりました」 こうした経験を生かし、施術を続ける中、しだいに疑問にぶつかり始めたという。 「施術をして手ごたえもあって良くなるんですけど、半年、一年すると再発して来院する患者さんがいるんですね。そこで”治ったはずなのに、どうして再発するのかな?“という疑問が出てきたんです」 この”再発”の問題は恐らく施術に関わる人で誰でも直面する課題だろう。以来、中村氏もまた、”なぜ再発をするのか“と言うことを考え続けたという。そして転機は意外なところからやってきた。 子供が四歳の時に一輪車に挑戦したんですよ。当時体重が90キロあったんで念のために一輪車協会に電話をしたら”タイヤが耐えられるのが65キロが限界です“といわれて(笑)それでもやりたかったので一番大きなものを注文して始めたんです。難しかったですね、結局ちゃんと乗れるようになるまで半年かかりました。その時に気が付いた骨盤の働きだったんです。骨盤が寝ていると後ろに倒れてしまう。骨盤から上半身までをイメージしてバランスというものに改めて気が付いて、特にその要になっているのが骨盤だということに目が向くようになっていったわけです」 こうしたなか、半身動作研究会を主宰する中島章夫氏と交流を持つようになり、さらに考察を深めることになったという。そしてこの一輪車との出会いはさらなるヒントを与えてくれた。「地元で開催された一輪車の全国大会を見にいく事があって、一輪車で100m走や持久走をするわけですけれど、もう想像以上に速くて初めて観た人にはちょっと衝撃的なくらいの風景なんですね。それで「うわぁ凄いなぁ」と観ていたんですけど、しばらくすると身体がごつくて、色々なところにテーピングやサポーターをつけている選手と、そうしたものをつけないで細くてスラリとしている選手の2種類に分けられることに気がついたんです。またテーピングやサポーターをつけている選手は骨盤が寝ている、実際に自分自身も一輪車を始めた時に骨盤が寝ていとこともあって、改めて考えてみると骨盤が寝ていると大腿の前面の筋肉・大腿四頭筋が引き裂かれるので張ってくるんですね、それ以前から大腿四頭筋と言うのはあまり多用するべきではないと感じていました。というのは、陸上選手の足を見ると、レベルの高い選手ほど大腿四頭筋、つまり脚の表側ではなく、裏側のハムストリングスが発達しているんです。そこで”上体と骨盤の位置関係と下半身のバランスというのが密接に関係があるではないか?ということに気が付いたんです。そう考える中で今度はおじぎをする、上半身と骨盤の位置によって大腿四頭筋が緩んでくるポジションがあることに気が付いたんです。一般に人間が立ちあがった時に”一番良い姿勢は何か?“となった時、運動学の教科書を見ると、耳、肩、腰、が一直線になることを「良い」としていることが多いのですが、実際には一人ひとり体型が違うわけで簡単には言えないんですね。つまり”一般的“という言葉が当てはまらないわけです。そこで改めて骨盤をみていくと、人間の骨格構造に適した位置関係があるのではないか?となったわけです。このころこら治療師というよりも自分自身、“良いポジションで立ってみたい”という欲求が強くなってきました。そこで改めて骨盤を見直すと、やはり股関節に目が行くわけです。実際に骨盤をおこしたり寝かしたりする際に使われるのは股関節ですからね。ただ実は私は凄く身体が固くて。じゃあまずストレッチをやろう“ということで始めたのが股割りだったんです」ここで今回のトピックスである”股割り“が登場するのだが、初期のころはごく単純なものだったという。「“とにかく柔らかくなれば良いんだろう”と思って始めたんで最初は普通の人と同じでストレッチ感覚でした。ただたまたま私は骨盤の位置関係などが頭に入っていましたので、単なるストレッチにならなかったのがよかったですね。クラシックバレエなどでも”骨盤を立てる“といったことがいわれていることは患者さんから聞いていましたし、股関節の構造的な知識もあったので、伸ばすのではなく”股関節から開く“ということが頭にあったわけです。また、バレエやヨーガをされている患者さんの身体を診るうちに”何かが違うな“ということもありました。確かに柔らかいんですけど筋肉が伸びてしまっているんですね。そこで股割りを試していうるちに2週間ほどでお腹が床に付くようになって、股関節の動きがしっかり体感できることに気が付いたんです。その感覚をもったまま山登りなんかに行くと股関節が関節炎になって、はっきり自分の股関節を意識できるようになりました。これは貴重な体験でした。それまで頭ではわかっていましたけど、身体で感じたことはなかった股関節の筋肉をリアルに感じることができて、これが股関節をうごかすということかと実感できました。結局それまでは膝から下で動いていたんですよ。股関節から動くことがわかってくると、お尻から足であることが実感できたんです」
では、骨盤が寝た後傾した状態と、骨盤が起きた前傾した状態ではどのような違いがあるのだろうか。「結局、骨盤が後傾した状態というのは股関節の上に身体が乗っかっている状態なんです。この状態では股関節は状態を支えるためにロックせざるをえないので、股関節を使った動きができないわけです。逆に骨盤をおこせば状態の重さから股関節がフリーになるわけです。だから股関節を自由に使うことができて足も長く使える。バレエなどで骨盤をおこすことを厳しくいわれているのはここに理由があったことがよくわかりましたね。また股関節が関節炎になった時にお尻の内側が痛いことに気が付いて、改めて解剖学の教科書を見るとヒップジョイントと書いてあるんですね。それで、“なるほど、お尻の関節が股関節か“とさらに実感できたわけです」
改めて言うまでもなく、股関節は人間の身体で一番大きな関節だ。ところが”どこが股関節なのか“と改めて問われと、冒頭に記したように実感できている人は決して多くはない。「多いのはやっぱり鼠径部だと思っている人が多くて、そういう人は股関節が動かせていないです。大腿四頭筋で動いている人はそう感じるようです。逆に股関節を少しでも動かせる実感がある人はヒップジョイント、お尻の方の筋肉で動けています。実際に股関節で動けると動きの質が違ってきますよ、結局、ほとんどの人は股関節まわりの太い筋肉が使えず表面の筋肉で動いてしまっている。特に大腿四頭筋や大臀筋といった伸展筋を多用していますね。そうなると益々股関節を細密に動かすことができなくなるんです」あまり知られていないが股関節まわりの深層筋は中臀筋、小殿筋、外旋六筋、腸腰筋など非常に多く、近年“眠れる筋肉”として注目を集めている。「そうして奥にある筋肉が、それぞれに役目を果たして動くというのがベストなんですね。そのためには股関節フリーでなければならない。数年前からインナーマッスルに注目が集まっていて、それ自体はよいことだと思うのですが、股関節のロックを外さないまま何をやってもあまり意味がないと思います。そもそもインナーマッスルというのはピンポイントで鍛えたり動かしたりする事が出来ない部位ですからね。逆にロックしている股関節をフリーにする位置関係、つまり、骨盤を起こしてやれば自動的にインナーマッスルが働くようになるわけです」
中村氏によると、今回ご紹介いただいている股割りに限らず、多くのエクササイズは本来、股関節の可動性を向上させる目的にもかかわらず、意味を違えて行われているという。その一つがスクワットだ。「よくトレーニングの王道といわれるスクワットですが骨盤を後傾させて股関節をロックさせた状態で行っていることが多く、その結果膝を崩す人が多いんです。まず、骨盤を起こして、上半身の体重を股関節から外してあげることが大事なんです。これも股割りと同じで、行われているうちに目的が失われたトレーニングだと思います。股割りやスクワットに限らず、トレーニングの基本は、関節が一番自由に動くポジションを見つけることでしょう」 確かにスクワットで膝を壊した人は少なくなく、最近ではスクワットは膝に悪いとすら言われることがある。では、なぜこうした目的を失った稽古方法が伝わってしまっているのだろうか。「ポジションに対する意識が希薄なんだと思います。どこかで根性論で”とにかくやる”思考停止したままやってしまうところがあるのではないでしょうか。その意味では外人さんは非常にシンプルにポジションで考えますね。先ほどのヒップジョイントにしても彼らは腰と足を明確に分けて、そこを基準にしてスクワットなんかもやっているわけです」スクワットはレスリングなどで”足の運動“といわれるが、中村氏の説明を聞くと、彼等と我々とでは、”足“の捉え方に股関節と膝という大きな違いがあることに気付く。「スポーツ選手を含めて多くの人は、ポジションがとれていない、歪んだ構造のまま、無理に筋肉で動こうとして、痛めたり、伸ばしたりしてしまうわけです。野球などで“バッティング”に必要な筋肉が弱いから、そこを鍛える!という話を聞きますがそれ自体がバランスを崩す原因になってしまう。まず正しい構造を取り戻して、ポジションをとらえられれば、自然に動けるわけで、それを養うのがトレーニングであり稽古だと思います」 では、どうすれば”構造を取り戻す“ことが出来るのだろうか?
「私自身それはずっと考えてきたのですが、歩き始めたばかりの子供を見ている時、重心の線を上手に使ってターンしていることに気づいたんです。逆に大人の場合、線ではなく全体でぐるっと回っているので動作が大きくて無駄が多いんですね。そこで“何故”子供の動きのまま大人になれないのだろう”と考えるようになりました。そんな中で中国の経穴の本などを読んでいると、どれもモデルはお腹がぷっくりとしたいわゆる”幼児体型”の人ばかりなんですね。我々はどこかでブルースリーみたいな引き締まった身体がよいというイメージがあるのだけれど、考えてみればお腹の中には沢山の内臓があるわけで、これを置くスペースがすごく重要なんです。ところが現代人の理想とする体型というのは腹を引っ込ませたもので、これは構造的に違うのではないか“と思えたんです。そこからお腹を意識するようになってみると、腰痛の人の多くがお腹を縮めていることに気が付いたんです。実はお腹を縮めると腰が曲がって股関節で動けないんですよ。逆に腹圧でお腹を脹らませていると腰が曲がらず股関節で動くことが出来るんです。ここで腹圧と骨盤の関係に気が付いたわけです。実際に腹圧をかけてお腹を脹らませた状態でのお辞儀と、お腹を凹ませた状態でのお辞儀を比べてみればわかるのですが、お腹を脹らませた方が腰から深くお辞儀が出来るんです。腰痛の人がよくお腹にサポーターを巻いていますが、あれは腹圧の代わりなんですね」日本人が腰痛もちになったのは明治維新後だといわれるが、中村氏の説明を聞くと丁度これに付随する。つまり着物文化が失われ腹圧を助けていた”帯“が失われ、さらに西洋的な体型が理想となり、腹を凹ませることが是とされたことが腰痛と、股関節で動くことを失わらせてしまったわけだ。「このお腹と腰の関係に気づいたくらいから重心線の存在を見直したんです。つまり子供は重心線が前側にあるのに対して、多くの大人は重心線が後ろ側にあるんですね。また人間は骨が身体を支えて、関節が重心位置を移動するのにつかわれる。そして筋肉はこれらを調整する役割があるわけです。もちろん姿勢をキープするときにも、緩んだり縮んでなければいけない筋肉があるわけですが。ここでもう一度構造的に重心線と骨盤との関係を見ると、骨盤を後傾させて重心線が後ろにある状態というのは、上半身の重さが骨盤にかかるわけです。この状態では腸腰筋が引っかかって、腸骨筋が引っ張られる。また大腿筋自体が縮むわけです。よくお年寄りで”背が縮んだ“という人がいますが、それは骨盤を後傾させた結果大腰筋が縮んで背が縮んでしまったわけです。身体を自由に使うためには、この上半身の重さを本来の重心線と重なる構造にする必要があるわけで、それが、”骨盤おこし“で、そこで有効だったのが股割りだったのです」つまり中村氏がいう”股割り“とは一般的に考えられているストレッチ的なものではなく、人間が本来の持っている構造を取り戻すためのものだというわけだ。「私の言う股割りでは絶対に身体が突っ張った状態で伸ばしてはダメです。骨盤を起こした状態で、上半身の重さを感じて腹から下りてくる感じて行う。腰が下りることで自然に股が割れるわけで、股を無理に割るのでは意味がないんです。ゆっくりと、重心の移動を感じながら行う。骨盤と股関節の関係を感じるのが重要です。勢いではなく、じっくり身体の中で何が起きているかを感じるのが大事なんです」実際に講習会で中村氏の指導を拝見したが、繰り返し「重心を感じて絶対に力や勢いを使って無理に行わない」ということが強調されていたのが印象的だ。その稽古風景を見る中で気が付いたのは、股割りが、武術の「型」とすらいえることだった。「確かに、考え方は求道の方に近いかもしれませんね。股割りは凄く厳密なもので、私自身もまた理想の股割りには全然届いていないと思います。身体に聞き、身体の奥から本当に動くということがどんなことなのか、まだまだ追求の途中です」
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