私たちのカラダには環境(外部環境、内部環境)の変化を認識するために感覚が備わっています。感覚としては、古来からの分類にある視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感が広く知られています。また、現在知られている感覚には、体性感覚(表在)感覚、深部感覚)、内臓感覚、特殊感覚(視覚、聴覚、味覚、嗅覚、平衡感覚)などがあります。感覚は、カラダの外部または内部の変化を感覚器(眼、耳、皮膚、舌、鼻など)の受容器で感受し、その興奮が感覚神経、中枢神経(求心路)、大脳皮質の感覚中枢に伝えられ、引き起こされます。また、これらの情報をもとにカラダの外部または内部の環境の状態を知ることを「知覚」といいます。知覚には個人差があります。それは感覚情報に個人の解釈や判断、経験、カラダの機能状態などが加わるためだと考えています。
深部感覚とは、皮膚や粘膜の表面ではなく、それより深部に存在する筋・腱・関節・骨膜などにある受容器によって起る感覚で固有感覚ともいわれています。位置覚(カラダの各パーツの位置)、運動覚(関節運動の方向・運動の状態)、重量覚(重力の大きさ)などを感知する感覚です。人は深部感覚によって、眼を閉じていても手の位置や曲がりぐあい、その動きを感じることができます。
実はもっとも身近な感覚でありながら、しかし私たちの意識にほぼ上らない感覚です。つまり、深部感覚は「無意識」の感覚ともいえます。
深部感覚メソッドは、以下の3つの感覚にアプローチします。
位置覚は四肢やカラダの各部の位置関係がわかる感覚です。この感覚があることで自分のカラダがどこからどこまでなのかがわかります。逆にこの感覚がないと自分のカラダがどこからどこまでなのかがわかりません。この感覚が鈍いとカラダのどのパーツを動かせばよいのか不明瞭で雑な動きになります。つまり、自分のカラダという存在を形づくる上で基礎となる感覚といえるでしょう。
運動覚は関節運動の方向や運動の状態がわかる感覚です。この感覚があることで立って、歩いて、走ることができます。この感覚がないと運動の状態がわからないから、関節の可動範囲を越えていたとしても、足の裏でなく足の甲で接地していたとしても、それに気づかずカラダを壊す恐れがあります。つまり、自分の外部または内部の情報を知る上で動くということの基礎となる感覚といえるでしょう。
重量覚は物体を持ってその重さがわかる感覚です。それは重さの違いがわかるということでもある。また、自分の重さを知る感覚であり、重力を無理なく受けて、衝撃を和らげるために圧を分散した接地を知る上でも重要です。この感覚が鈍いと雑な接地で圧を集中させていてもカラダにダメージを蓄積していることに気づかないので、カラダを壊す恐れがあります。つまり、ヒトが重力下という環境で生きる上で、重力の大きさを知る基礎となる感覚といえるでしょう。
NEW
「深部感覚」から身体がよみがえる!重力を正しく受けるリハビリ・トレーニング(晶文社)
著 中村考宏
トレーニング中の怪我で末梢神経麻痺となった著者は、どのようにして足の感覚を取り戻すことができたのか。
深部感覚を入力する際に「感覚を拾う」という表現を使っています。感覚を拾うということは違いを自分で感じることです。
例えば、脛の骨(脛骨)の垂直方向を入力するとします。そのとき、目や手足の感覚器を通して脛の骨(脛骨)の垂直位置を探りだし、声に出して3カウント数え、その新たな位置を脳に上書きしていきます。そうして垂直位置を探るとき、目で見て、手で感じて、足で感じて、これらの情報を総合的に処理し脛の骨(脛骨)を描き出していきます。そのときの外部環境には人、音、光、臭い、風、温度、湿度などさまざまな刺激があります。また、思考も人それぞれであり、外部および内部には数多くの刺激があるわけです。この中から深部感覚に関する刺激を選択していきたい。そのため多くの中から必要なものを選び取るという意味として「感覚を拾う」という表現を用いています。
深部感覚のアプローチは外部環境ではなく、内部環境の「あるもの」と「ないもの」を見ていきます。具体的には三つのポイントとなる深部感覚の「位置覚」「運動覚」「重量覚」が「ある」/「ない」を見ていく。しかし、神経麻痺でもない限り深部感覚が「ない」ということはなく、多くは「鈍い」感覚に対してのアプローチをすることになります。脛の骨(脛骨)の垂直位置は、手応え(手の触覚・圧覚、位置覚、抵抗覚)、踏み応え(足の裏の触覚・圧覚、位置覚、重量覚)で知ることができます。その際に数ある刺激の中からそれらの「感覚を拾う」というのがエクササイズの中核になります。
脛の骨(脛骨)の垂直位置を入力後、感覚を拾えているのかを確認することができます。その方法は、立ってみて(立位)、両足の違いを感じてみるということ。シンプルです。深部感覚を入力した足が軽い、接地がやわらかいなどの変化を感じることができたら、感覚を拾うことができて、脛の骨(脛骨)の垂直位置が入力されたということになります。
逆に変化を感じられないときは、感覚を拾えていない、あるいは何をすべきなのかきちんと理解できていない、などの理由が考えられます。しかし、感覚は人それぞれ、効果も人それぞれです。まずは効果を引き出せるように左右の違いを感じ取ることが大切になります。
感覚の鈍いものが、まっすぐ感を得られるのか? という疑問が起こるかもしれません。
何で感じ取ることができるというのかというと「手応え」なのです。たとえば、手元のボールペンの端に人差し指を添えて机の上に垂直に立たせてみてください。そのとき垂直に立った長軸方向への「手応え」はしっかりと感じ取れるはずです。机の面と接触するボールペンの先の感じもわかるのではないでしょうか。それに視覚が加わればさらに「手応え」を感じることが容易なります。
おそらくこれらは、表在感覚の触覚、圧覚、深部感覚の抵抗覚などが関係しているのだろうと思います。表在感覚(皮膚感覚)の触覚と圧覚は、皮膚の表面に触れたとき、あるいは圧迫や牽引によって皮膚が変形する刺激によっておこる感覚です。深部感覚の抵抗覚は、物体を押してその硬さがわかる感覚、また自分のカラダに力がかかっていることを感じ取る感覚です。
机の上にボールペンを垂直に立てるのと同様、脛という棒(脛骨)を床に対して垂直に立てることをくり返します。手の触覚・圧覚・抵抗覚・目の視覚から脛骨の垂直位置情報を拾い、長軸方向へ重さをかけ続ける。その積み重ねは深部感覚(位置覚、重量覚)を厚くし、さらにその「存在」を実証しするのです。
深部感覚ルーティーンでは、重力を無理なく受けることができる骨格ポジションを脳に上書きして骨の位置を記憶します。骨格ポジションを決定するには、「骨でカラダを支える」ことができるポジションへ、骨の形や位置を手触り、手応えなどの感覚を総合します。
たとえば、長管骨(四肢を構成する長い形状の骨。大腿骨や上腕骨など)は重力が長軸方向へ向かう垂直位置に決定し、セッティングします。手触りで骨の形、手応えで骨の垂直位置を知ることができます。その他にも視覚による確認と記憶が加わることで、より完成度の高い骨格ポジションを記憶することができます。
“骨という素材が強度をもっとも発揮するポジションへセットする”
長管骨は、重力を長軸方向に受ける垂直位置がもっとも強度を発揮します。逆に長管骨を傾けた位置では、剪断力という力がかかり壊れやすく、また骨の役割を果たすことができません。骨の役割は、カラダを支えることです。骨の役割を果たすことができなくなると筋肉や靭帯などが、それらの役割を余分に受け持つことになり、共に無理がかかります。
骨にかかる力(材料力学の基礎)
引張の力
圧縮の力
剪断の力
曲げの力
捻じりの力
骨格は、形の異なる骨が集合して形成されます。それぞれの骨の形状を知り、重力を無理なく受けることができる骨の位置を理解することが必要です。手の触圧覚、つまり「手応え」により骨が安定した位置にあるか、不安定な位置にあるかを感じ取ることができます。これは骨格ポジションの決定に重要な感覚になります。
骨の位置が決定したら、それを調節する筋肉の働き、内部に生じる刺激を感じ取ります。骨格位置を感覚することにおいては、主に深部感覚の位置覚が厚くなっていきます。そして、骨格位置を記憶するために、決定した骨の位置を保ったまま、声に出してスリーカウント(1! 2! 3!)、そして声に出して「セット!」といいます。この声を出す行為は、決定した骨格ポジションをセッティングするための、脳に上書きする合図になります。
人間は、自分になくて他人にあるものはよく見えます。日常的におこなっているので、視覚を通して外部の情報を得る感覚は厚いといえます(外部の刺激)。しかし、日常的にほとんどおこなうことがないので、深部感覚を通して情報を得ることは鈍いでしょう(内部の刺激)。同様に、頭で考えることは得意ですが、カラダで考えることは苦手だといえると思います。そして、自分と他人の違いはよくわかりますが、「自分」と「中の自分」の違いはよくわからない。実感と事実のズレというべきか、深部感覚のズレが生じていることにもほとんど気づくことはありません。
深部感覚が鈍くなっていると、たとえば脛の骨(脛骨)を垂直にするエクササイズで、そのようにセットしてもらった場合、脛の骨(脛骨)が内側に傾いているにもかかわらず、それに気づきません。また、自身では脛の骨(脛骨)が真っ直ぐだと思っていても後ろに傾いたりする。ここが脛の骨(脛骨)の垂直だ、という位置の感覚において、実感と事実がずれてしまっているのです。
実感と事実のズレ
深部感覚のズレ
骨格位置のズレ
重心位置のズレ
骨格筋の起始停止部のズレ
関節運動の方向のズレ
痛みのメカニズムについては未だ解明されていませんが、痛みは、骨格筋、関節、感覚器と脳、脊髄の経路内で起きた問題に対しての警告だと考えています。たとえば、深部感覚には痛覚の他に位置覚、運動覚、抵抗覚、重量覚、振動覚があります。一方で慢性痛の方の多くは、位置覚や運動覚などが鈍い。具体的には、脛の骨が傾いていることに気づかない、股関節の位置がわからないなど骨格の位置が不確かな状態にあります。深部痛覚は、深部感覚が鈍くなることによりカラダに害が及ぶことに対する警告なのではないだろうか、とも考えられます。
警告のサインがあるときは実感と事実にズレがないか確かめることが大切です。そして、何かしらのズレが生じているのならば正しい深部感覚の入力が必要です。
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