運動のマスターキ-|バスケットボール、野球の指導者・田阪泰

運動のマスターキー

四年ほど前、中学校教員の私は神奈川県の海沿いの町にある某中学校に転勤した。中学校の教員はほぼ全員が部活動の顧問を持つことになる。私の場合、駆け出しの頃は学生時代に社会人野球のクラブチームに所属した経験を買われて野球部の顧問を持っていた。元へっぽこプレイヤーではあったが、野球についてはいろいろと体験してきたので、この時期の部活指導で、技術的な面の指導での悩みはなかった。

ところが、数年たって移動した先で担当することになったのはルールすらよくわからないバスケットボール。そのうち野球部に戻ればいいや、というようないい加減な気持ちで顧問を引き受けたが、気がつけばバスケに魅惑され、二十年近くバスケットボールの指導にのめり込むこととなった。野球の指導への未練がなかったわけではなく自分なりに、野球の勉強は続けてきたが、あるとき「もういいや」と思い、長年集めてきた野球関係の指導書を全部、人に譲った。その直後に転勤と野球部副顧問の話が決まる。おまけにバ スケットボール部の副顧問もまかされる。今日はグラウンド、次の日は体育館というわけのわからない日々が始まる。ある意味、元カノのとカノジョの間を行き来するようなウハウハな生活なのだが、ウハウハの裏には案の定、落とし穴があった。

バスケの後に野球をやると動きが直線的になってしまい「振る」「回す」といった野球で必須の動きがぎこちない。野球の後にバスケをやると体が「振られ」「回り」、動きにキレが なくなる。動きをデモンストレーションすることが困難になってしまい、指導の感覚もぶれていく。あのマイケル.ジョ ―ダンがなぜ野球で苦しんだのが、凡人の自分にもちょっとわかったが、もちろん喜ばしいことではない。世の多くの二股愛の実践者と同じくウハウハはウツウツに変わった。

そんなとき、スポーツと平行して打ち込んできた武術からの縁で中村先生のトレーニングメソッドに出会う。最初は「気分転換に新しいトレーニングでも」くらいの不真面目な気持ちでトレーニング会に参加していた。ところが、あるとき中村先生がおっしゃった一言に救われることになる。「動きとは重心の移動である。」ウツウツから脱する道筋がここにあった。
この視点に立ってバスケットボールや野球を見ていると、「回る」とか「回らない」とかは重心移動の結果のひとつの在り方でしかないことがわかる。それに先立って必ず重心の移動があり、そこで生まれたエネルギ ーをせき止めたり、流したりすることによって、そ れは回転運動にも直線運動にもなる。このことが実感できるようになってから、指導も自分の動きも枝葉末節へのこだわりを離れ より根本的なもの=重心の移動というキーを意識した ものに変わった。そして、それはバスケットボールとか野球とかいう競技の違いを越えたところにある。

マスターキーを手に入れ今の私はウハウハである。バスケットボールの指導も野球の指導も楽しくてしょうがない。しかし、安心してはい ない。このマスターキーを差し込む鍵穴=骨格ポジションを作るのは容易ではない。滑らか重心移動 にはそれにふさわしいポジションがある。それを作るためのトレーニングには、たいへんな努力が必要である。今、トレーニング会にはマスターキーの鍵穴を作るために多種多様な身体運動の実践家が集っている。凄い実績をお持ちの方も多く、気後れしてしまうこともあるが、本質の追究という点についてはそういったみなさんと横並びで高めあっていけるのが、中村先生のトレーニング会。 これからも多くの仲間がやってくるのを楽しみにしている。

田阪泰 中学校教員 バスケットボール、野球の指導者
深部感覚

 

 

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